この記事の英語版(原文)はこちら:Who Watches Palantir?
私、海法紀光は、物語を書くことを生業にしている。 小説を書き、漫画の原作を書き、アニメの脚本を書き、ゲームのシナリオを書く。また、本稿で何度か立ち返る『ウォッチメン』の日本語版では、翻訳者の一人でもあった。
一方で、テクノロジー企業の経営については門外漢である。パランティア・テクノロジーズについて、技術的・経営的な評価を下せる立場にはない。大規模なデータ分析システムが有益なのか危険なのか、便益をもたらすのか害を及ぼすのかは、それぞれの分野の専門家が判断すべきことだ。
しかし、パランティア社の会長であるピーター・ティールとその周辺が物語について語る言葉に、奇妙さを感じることがある。
ティールは様々なフィクションを好んで引用する。彼が共同創業した会社の名、パランティアは、J・R・R・トールキンの『指輪物語』に登場する「見る石」から取られている。同社の政府・防衛向けプラットフォームはパランティア・ゴッサムと呼ばれる。 彼は『ウォッチメン』を論じる。『ONE PIECE』を論じる。『ファウスト』を論じる。そして、それらを彼自身の技術論、政治論、反キリスト論へ接続している。
これらの読解を並べてみると、あるパターンが見えてくる。ティールが、繰り返し読み落とす要素があるのだ。 大きく分ければ二つある。
第一に、彼は英雄が自らの力に制約を課すことを読み落とす。
第二に、彼のいう「技術の進歩を止める反キリスト」が、まったく技術の進歩を止めてないことを読み落とす。
そして、この二つの読み落としは、最後には同じ問題へ収束する。巨大な力を持つ有能な個人を、誰が止められるのか。
それが本稿の問いである。
第一の読み落とし
英雄の「力への畏れ」
パランティアという名前から始めよう。
パランティアの共同創業者ジョー・ロンズデール1は、その名前を
「『指輪物語』における、『見る石』の力と、それが後に誤った者の手(wrong hands)へ落ちることをめぐる警告譚」
から取ったと説明している。
パランティーアは、遠く離れた場所や、他の石から送られてくる映像を見ることのできる魔法の道具である。2 それ自体が邪悪なわけではない。石はヌーメノールからもたらされ、かつてはゴンドールなどの統治者が遠隔地を見渡し、互いに通信するための正統な道具として使われていた。
ところが『指輪物語』の時代には、魔王サウロンがその一つを所有している。石を使うことは危険になった。敵にこちらを見られ、こちらに何を見せるかを敵に操られうるからだ。
一見、情報企業にふさわしい名前であるが、一方で、ネットワークに侵入され、悪用されているという点で、不吉な名前でもある。ロンズデールの「警告譚」という言葉からは、同社もそれを承知していることがうかがえる。
ゴッサムと『ダークナイト』
ゴッサムにも、ほとんど同じ物語がある。
クリストファー・ノーランの『ダークナイト』3で、バットマンはゴッサム市民全員の携帯電話を利用し、都市全体を見渡せる巨大なソナー監視システムを構築する。
作中では、街を破壊しようとするジョーカーを止める、ほとんど唯一の方法である。だが同時に、すべての人の私的な情報を丸裸にしてしまう。人々の権利に対する甚大な侵害であり、悪用されれば危険な道具でもある。
「誤った者の手」だけが危険なのか
前述のとおり、ジョー・ロンズデールは社名の由来を
「『指輪物語』における、『見る石』の力と、それが後に誤った者の手へ落ちることをめぐる警告譚」
と説明している。
パランティーアも、『ダークナイト』のゴッサム監視システムも、「誤った者の手」に渡れば危険なことは間違いない。
しかし、この読解は重要なものを読み落としている。『指輪物語』でパランティーアを使い、破滅的な結果を招くサルマンとデネソールは、単純に「誤った者」なのではない。
むしろ、恐ろしいほど「正しい者」(right hands)に近い。
イスタリと呼ばれる大魔法使いの一人、サルマンは、無知な悪党ではまったくない。 彼らの長であり、サウロンに対抗するために中つ国へ遣わされた賢者である。 善の側にいる最高位の専門家の一人であり、サウロンの脅威を最もよく理解している者の一人だ。
一方、デネソールはゴンドールの執政であり、パランティーアが置かれたミナス・ティリスを治めている。石を管理する正当な権限を持つ者だ。そして、その都市と民を守るために石を使っている。
結果、どうなったか。 サルマンはサウロンとの接触を重ねるうちに4、その力に圧倒され、やがてサウロンに仕えることになる。 デネソールはパランティーアを通じて実在する敵軍の情報を得る。5 しかし、サウロンによって選択的に示された圧倒的な戦力を前に絶望し、最後には自害する。 大量の正確な情報を得ることはできても、その情報が作り出す世界像を十分に検証することはできないのだ。
ここにあるのは、単に誤った者の手に渡さなければよいというテーマではない。正しい者の手であっても、誤りうるというテーマである。6
使う者が賢く、善意と正当な権限を持ち、私利私欲ではなく平和と万民のために行動していてさえ、危険がある。
これはセキュリティではなく、権力の問題なのだ。
それは『指輪物語』の中心的なテーマであり、「一つの指輪」の物語でも繰り返されている。
そこでは、ガンダルフやエルフの奥方ガラドリエル7という、善を体現する人々が、まさにそのためにこそ、一つの指輪の力を拒む。
『ダークナイト』の場合
『ダークナイト』でも、このテーマは繰り返される。 ブルース・ウェインが作り上げたものを見せると、その基礎となる技術を開発したルーシャス・フォックスは言う。
「これは間違っている」 「一人の人間には大きすぎる力だ」8
バットマンは善人であり、悪党ではなく、作品世界の中で最も有能な人物だ。目的も、ジョーカーによる大量殺戮を止めるためである。
それでも「バットマンは、この力を正しく使えると証明した。だから使い続けるべきだ」とはしない。 操作権はフォックスの手に置かれ、一度使われた後、システム全体が破壊される。9 ここでも、一つの指輪の場合と同様に、英雄を英雄たらしめるのは、
単に力を持つことではなく、その力を自分自身から取り上げられること
なのである。
ファウストと「有能な悪」
先へ進む前に、ティールが読み落としていないものにも触れておこう。ティールの英雄観を理解するうえで重要な概念がある。「有能な悪」である。
2026年9月24日に配信されたポッドキャスト『MD MEETS』で、アクセル・シュプリンガーのCEO、マティアス・デプフナーと対談したティールは10、「good」という言葉には二種類の反対語があると語っている。
「道徳的な反対語はevilだ。機能的な反対語はbadだ」
そこから彼は、こう論じる。
「悪であるなら、少なくとも有能(competent)ではある」11
これは単なる言葉遊びではない。直後にティール自身が『ファウスト』を通じて説明している。
彼はクリストファー・マーロウの『フォースタス博士』と、ゲーテの『ファウスト』を比較する。12
彼の読解では、マーロウのファウストは「偽の科学者」「偽の錬金術師」である。その科学は機能せず、最後には地獄に落ちる。
対してゲーテのファウストは、悪魔と契約し、「道徳的に疑わしい手段」で知識を得る。しかし、その知識は役に立ち、ファウストは最終的に救済される。
そしてティールは言う。
「ですから、悪であるより善であるほうがよいと思います――そこははっきりさせておきたいのですが――それでも、マーロウのファウストより、ゲーテのファウストのほうが好きかもしれません」
ティールは単純に、悪は善よりよいと主張しているわけではないが、ここで彼が言ってるのは、道徳的に問題のある手段を使ってでも何かを成し遂げる有能さと、道徳的にどうであれ何も成し遂げられない無能さの対比である。
実際、彼はこの話を、現代社会は善悪の議論に時間を費やしているが、より大きな問題は、企業や政治の多くの組織や指導者が「まったく無能」であることかもしれない、という議論へ結びつけている。
つまり、「無能な善より有能な悪」ということだ。
この「有能な悪」を視野に入れると、先ほどの問いはさらに鋭くなる。危険な力を持ち、それゆえに批判され、それでも行動すべき時には行動し、結果を出す人物を考えてみよう。その人物が、本当に世界を救ったとしたら、どうなるのか。
彼は「悪」かもしれない。しかし、有能であり、成功した英雄である。 では、何が彼を止められるのか。そこで、成功する英雄について考えてみたい。
成功する英雄
では危険な力は捨てればいいのか? 「一つの指輪」については、それが回答だった。 一方で、これらの物語には、それぞれ危険な力と向き合い、成功する英雄がいる。
アラゴルン自身もパランティーアを使い13、サウロンと意志の力で対決する。それによってサウロンを動揺させ、戦局を変える機会を作り出す。 バットマンも監視システムを使い、ジョーカーの捕縛に成功する。
もちろん、これらの英雄は、その力をいつまでも使い続けるわけではない。
しかし巨大な力を一度は正しく使い、世界を救った英雄が、「私はこの力を正しく使えると証明した」と言ったら、どうなるのか。
ここで『ウォッチメン』が登場する。
世界で最も賢い男
オジマンディアスことエイドリアン・ヴェイト14は、ティールの言う「有能な悪」の理想的な例である。
世界で最も賢い男。驚異的な技術を開発する億万長者。
彼は米ソの核戦争がほぼ不可避になりつつあり、既存の政治制度ではそれを回避できないと判断すると、独力で第三の選択肢を作り出す。
何百万人もの人間を殺す。それによって、さらに大きな核の破局を防ぐ。
しかも、アラン・ムーアは、ヴェイトを簡単に否定できるようには描いていない。
計画は実際に成功する。 英雄たちが到着した時には、すでに実行済みなのだ。35分前に実行されている。15 犠牲者を生き返らせることはできない。 真実を明かせば、米ソ間に成立した平和が崩れ、核戦争の脅威が戻ってくるかもしれない。
陰謀を追ってきた英雄ナイトオウルは、その事実を前に沈黙する。
善悪を絶対的な白と黒に分けることしか認めないロールシャッハは、妥協を拒むように見える。しかし最後には仮面を脱ぎ、ウォルター・コヴァックスという一人の人間として死を選ぶ。
それでもヴェイトには、一つ欠けているものがある。自分が正しかったという保証である。ヴェイトは過去と未来を見通す神のような存在、ドクター・マンハッタンに、尋ねる。結局、自分は正しかったのか。すべてはうまくいったのか。マンハッタンは、その保証を与えない。
「何も終わりはしない」16
それがマンハッタンの言葉だ。これは単に「お前は失敗した」という言葉ではない。それよりも厳しい。成功したという事実さえ、自分の正しさを最終的に証明することはできない。
トールキン、ノーラン、ムーア。三者はまったく異なる物語作家だが、三人の物語には共通するものがある。
英雄は危険な力を使う。英雄は有能である。実際に成功することさえある。それでも、有能さも、善良さも、成功さえも、誰かに無制限の力を与える根拠にはならない。 だからこそ、英雄には自制が必要なのだ。
アラゴルンは力を畏れる。
ガンダルフは指輪を拒む。
バットマンは自らの監視装置を破壊する。
ヴェイトでさえ、自分が正しかったことを最終的には保証できない。
ところが、ティールがこれらの作品を読む時、この側面は奇妙なほど薄くなる。
それは、ティールとサム・ウルフ自身による『ウォッチメン』の議論で、特にはっきりしている。17 二人は、その英雄たちを「強い主体性と行動力を持つ個人(high-agency individuals)」18と呼び、彼らを規制するキーン法について論じる。しかし、危険な力を持つ者が自らに制約を課すという問題には、ほとんど踏み込まない。代わりに、「誰が監視者を監視するのか」という問いそのものを「無限後退」19として扱い、「『ウォッチメン』は文学としては成功しているが、哲学あるいは神学としては失敗している」と断じる。
そのキャリアの中で、アラン・ムーアと議論を続けてきたグラント・モリソンは、ティールの読解について聞かれて異なる回答を述べている。モリソン曰く、ムーアには答えがある。それは、我々読者こそが、ウォッチメンを見張り、判断するのだ20と。
それも一つの答えだが、以下は、より直接的な話だ。
私が異議を唱えている読解は、ここに最も明瞭な形で現れている。二人は、作品が実際に私たちに突きつけている問い――力を持つ者は、どう自分を疑い、どう自分に制約を課すべきなのか――よりも、最終的な審判者が存在しないという事実を重く見ているのだ。
第二の読み落とし
なぜ二人の反キリストは、どちらも技術推進者なのか
近年のティールの反キリスト論では、科学技術を止めることが重要な役割を果たしている。21
その説明では、人類は核戦争やAI、バイオテクノロジーなどが引き起こすハルマゲドンを恐れ、「平和と安全」を求めて、強大な世界規模の政治権力を受け入れ、結果、その権力が、危険な科学技術を統制するようになる。
2025年秋の講義で22、ティールは現代の反キリストを「すべての科学を止めようとするラッダイト」とまで表現した。彼はハルマゲドンにも反キリストにも向かわず、その間の「狭い道」(narrow way)を進もうとする。
技術を放棄することと、世界を破壊するまで技術を野放しにすることの間に、中道を見つけようと、というだけなら、一般的な話ではある。
ところが、その年の10月にウルフとの共著で発表した論考で、二人が反キリストと読むオジマンディアスとイムの世界政府は、まったく技術を止めようとしていない。
第一の反キリスト:オジマンディアス
ティールとウルフは、オジマンディアスを明確に反キリストと位置づける。
「ヴェイトは反キリストの一類型である」23
しかし、ヴェイトはラッダイトではない。技術を禁止してハルマゲドンを回避するどころか、最先端技術を秘密裏に開発し、国家の能力を超える規模で投入し、自らの技術的介入によって破局を回避する。
また、ヴェイトは人類を過去に戻そうとしているわけでもない。
物語の序盤、彼の会社は「ノスタルジア」という香水を販売している。24 核戦争への恐怖から過去へ逃避する社会に向けた商品である。
計画が成功した後、それは未来と技術に目を向けた香水、「ミレニアム」へと置き換えられる。25
つまり、ヴェイトが辿る道はこうだ。
ハルマゲドンが迫る
→ 既存の政治では問題を解決できない
→ 卓越した個人が危険な技術を使う
→ 道徳を超え、莫大な犠牲を出しながらもハルマゲドンを回避する
→ 人類を未来へ導く
彼は、技術を止める反キリストではない。ティール自身のいう「狭い道」を歩く「有能な悪」である。ほとんど、その典型そのものだ。
第二の反キリスト:イム
ティールによる『ONE PIECE』の説明でも、同じことが起きている。
『ONE PIECE』の世界では、世界政府が世界の大部分を支配している。公に認められている最高権力者は五老星だ。しかし、その上には、存在そのものを長らく隠されてきた謎の人物、イムがいる。物語が進むにつれ、イムが世界政府の秘密の支配者であることが明らかになる。26
ティールとウルフは、『ONE PIECE』の世界政府を硬直した体制として描き、失われた高度技術についての知識を抑圧し、ベガパンクを殺そうとしていることを強調する。
そして二人は書く。
「尾田は、狭い第三の道を示さなければならない」27
しかし、『ONE PIECE』の世界政府は、技術抑圧者ではない。28
それどころか、パシフィスタ、セラフィム、人造悪魔の実と、新たな兵器を次々に作り出している。ベガパンクの技術を使い、大量破壊兵器を発動させてさえいる。29
つまり、世界政府が抑圧しているのは科学そのものではない。自らの支配を脅かす科学である。これは技術停滞ではない。技術と知識の政治的独占である。
奇妙な誤読
そこで疑問が生じる。ティールの定義では反キリストは技術を止める。ところが、彼自身が反キリストと読むオジマンディアスとイムの世界政府は、明らかに技術推進者である。では、なぜ彼らは反キリストなのか。二者には、もっと明確な共通点がある。「統一世界」である。
イムは文字どおり、世界を統一する世界政府の秘密の支配者である。ティールとウルフは、ヴェイトの計画も「統一世界」の成立を描く物語として読む。30 ムーアの原作が本当にその読解を裏づけるかは疑わしい(注30参照)。しかし、それが二人の読解である。
その誤読、読み落としから見えてくるものがある。つまり、技術停滞はもはや反キリストの本質的な特徴ではない。二者をより一貫して説明するのは、集中した政治権力である。
『ラスト・リングベアラー』
この点で興味深い作品がもう一つある。ロシアの生物学者で作家のキリル・エスコフが1999年に発表した『ラスト・リングベアラー』である。31 この非公式小説は、『指輪物語』を勝者によって書かれた歴史とみなし、敗者であるモルドールの視点から語り直す。
ティールは2011年のインタビューで、この作品を好意的に語ったと報じられている。32 彼が強調したのは、トールキンの原作では悪の国であるモルドールが、理性と科学に基づく技術文明として描き直され、ガンダルフとその仲間が、それを破壊しようとする勢力になるという点だった。
この小説は、単に『指輪物語』の善悪を逆転させるだけではない。技術文明と、その進歩を止めようとする政治的・宗教的勢力の対立を軸に、中つ国を再構成している。その意味で、他の作品よりもはるかに素直に、後年のティールのいう「科学を止めようとする反キリスト」に当てはまる。
しかし、この語り直しは、原作にある別の問いを背景へ押しやる。『指輪物語』における一つの指輪とパランティーアの危険は、単に善の勢力が邪悪な技術に抑圧されるという問題ではない。善意を持つ者も、有能な者も、正当な権限を持つ者も、巨大な力を得ると誤りうる、という問題なのである。
『ラスト・リングベアラー』のような逆転は、その問題を、ティールにとってはるかに受け入れやすい構図へと変える。進歩する技術文明が、停滞を求める権力に抑圧されるという構図である。
ここでも、集中した政治権力による技術の抑圧が、最も重要な問題となる。
二つの読み落としが一つになる
ここで、第一の読み落としと第二の読み落としが合流する。
第一では、巨大な力を持つ英雄が、自らの力を畏れ、自らに制約を課すという物語が薄れていく。
第二では、彼らが否定する反キリストの問題は、技術を止めることではなく、技術を持つ者の上位に巨大な政治権力が立つことにある。
二つを組み合わせると、独特の英雄像が浮かび上がる。
彼は危機を見いだす。既存の政治では解決できないと判断する。危険な技術を使う。 社会から悪と呼ばれることを恐れない。有能さによって結果を出す。 政府の統制に従うことを拒む。 ハルマゲドンと反キリストの間の「狭い道」を、自ら選び取る。
しかし、この物語には一つ欠けているものがある。
誰がその英雄を止められるのか。
誰が監視者を監視するのか?
ここで、ティールとウルフによる『ウォッチメン』批判が、決定的な意味を持つ。
二人は、ムーアの問い、
「誰が監視者を監視するのか」
を、さらに別の監視者、そのまた別の監視者へと続くしかない問いとして扱う。
「無限後退」
そして、こう結論づける。
「『ウォッチメン』は文学としては成功しているが、哲学あるいは神学としては失敗している」
しかし、現実の民主主義は、最終的な絶対の監視者を見つけたから成り立っているわけではない。
裁判所は間違える。議会は間違える。規制当局は間違える。企業は間違える。報道機関は間違える。
だからこそ、権力を分散させ、権力を持つ者同士が互いを検証する仕組みを作る。透明性を確保し、異議を申し立てる道筋や、無数の安全策を設け、抑制と均衡を実現しようとする。 そして、それらもまた失敗するから、さらに改めていく。
「何も終わりはしない」
これは欠陥ではない。絶対的な最終審判の場を持たない社会では、当然のことなのである。
パランティアの「監視者を監視する」仕組み
ここで、物語の読み落としは、私たちを現実へと連れ戻す。
パランティアは、軍事、安全保障、警察、移民、情報分析といった分野に、巨大な情報処理能力を提供している。33 国家権力と人権が直接接する領域である。
もちろん、パランティアは内部統制を軽視しているわけではない。
ジョー・ロンズデールは、創業当初から創業者たちが
「監視者を監視すること」34
を考えていたと説明している。
不正利用を防ぐために監査ログを残す。そのために、パランティアにはプライバシーと市民的自由を守るためのエンジニアリングチームもある。35
しかし、この「監視者を監視すること」は、「誰が監視者を監視するのか」という問いと同じものだろうか。ティール自身が、哲学的失敗、無限後退として退けた問いと同じなのか。
否である。
監査ログが答えられるのは、「利用者が、許可された目的から逸脱したか」である。 「その目的を許可した者が、そうすることは正しかったか」には答えられない。
『ウォッチメン』が問うているのは、「ヴェイトの部下を誰が監査するのか」ではない。「ヴェイトを誰が止められるのか」である。
ヴェイトの組織に完璧な監査ログがあり、部下による不正利用をすべて検出できたとしても、ヴェイト自身が何百万人を犠牲にする決定を下すことは止められない。
トールキンのより厄介な警告は、正しい者の手が、誤った者の手になる瞬間をめぐるものなのだ。
規制される英雄
ここで第二の読み落としも、現実と接続する。
企業に対する法的規制は、それ自体では圧政ではない。 プライバシーの規則、データ保護の規則、監督を、ティールのいう「統一世界」による全体主義的統制と単純に同一視することはできない。
それでも、技術企業には規制を圧政とみなす強いインセンティブがある。さらにティールは、長年、政府規制を技術停滞の重要な原因と考えてきた。36
反キリストについての彼の誤読が示唆するように、彼の物語が最も一貫して恐れているのは、
技術を止める政治権力
ではなく、
技術を持つ者の上位に立ち、その行動を制約できる政治権力
なのだ。
彼は技術規制を反キリストとして否定する。道徳を論じる時には、悪であっても、有能であれば少なくとも「bad」ではないと語る。そして現実には、彼が共同創業した企業は、まさに外部監督と法的規制が求められる種類の情報技術を扱っている。
これはティールの動機を証明するものではない。しかし、「狭い道」を進む技術的英雄が、自分を止めうる政治権力と向き合うという物語が、現実のティール自身の立場にこれほどぴたりと重なることを、単なる偶然として片づけるのは難しい。 問題は、この世界観が、ティール自身の持つ権力に適用された時、どちらの方向に働くのかである。
誰がパランティアを監視するのか?
二つの読み落としを、もう一度並べよう。
第一。
英雄が自らの力に制約を課すことを読み落とす。
ガンダルフは指輪を拒む。
アラゴルンはパランティーアを畏れる。
バットマンは自らの監視装置を破壊する。
ヴェイトは、自分が正しかったことを最終的には保証できない。
正しい者の手だと信じられていた者も、自らを誤った者の手へと変えてしまうことがある。
それを防ぐために自らを制約しようとする姿勢は、英雄の資質である。それをティールは読み落とす。
第二。
反キリストを技術停滞をもたらす者として語りながら、自ら選んだ反キリストが技術を推進していることを読み落とす。
オジマンディアスは技術によってハルマゲドンを回避する。イムの世界政府は高度技術を独占し、使用する。それでも彼らは反キリストとされる。技術停滞を取り除いた時、残るのは、「統一世界」――巨大な政治権力による統制である。
有能な個人が危険な技術を持ち、悪と呼ばれることを恐れず、世界を救おうとする。しかし、自らの力を自制せず、社会的な制約を圧政や停滞として拒む。彼は英雄かもしれない。世界を救うかもしれない。だが、その時、誰がその英雄を止められるのか。
自分たちが正しいという絶対の確信を持てない世界で、この問題にどう向き合うのか。
トールキンが描いたのは、その畏れだった。 ノーランが描いたのは、その自己制約だった。 ムーアが私たちに残したのは、その問いだった。
「誰が監視者を監視するのか」 監視は永遠に続く。 「何も終わりはしない」
そのような力を持つ現実の企業へこの問いを向ければ、名前は自然に変わる。
誰がパランティアを監視するのか?
それは無限後退ではない。現実の問いである。
注
ジョー・ロンズデール「Why we built Palantir」(2020年9月30日)。ロンズデールは、社名が『指輪物語』の「見る石」が後に「誤った者の手」へ落ちる警告譚に由来すると説明している。https://joelonsdale.com/why-we-built-palantir/ 。同じ点について「Did Palantir’s founders consider the ethical implications of their work?」でも詳しく述べている。https://blog.joelonsdale.com/p/did-palantirs-founders-consider-the
J・R・R・トールキン『指輪物語』「二つの塔」「王の帰還」および「追補編」。パランティーアはフェアノールが作ったとされる「見る石」で、遠隔地を見たり、石同士で交信したりできる。第三紀末にはオルサンク、ミナス・ティリス、バラド=ドゥーアなどに石が残っており、サウロンがその一つを掌握していた。石そのものの「ネットワークに侵入した」とするよりも、サウロンが自らの石と強大な意志を使って、他の使用者に影響を与えた、と表現するほうが原作に近い。
クリストファー・ノーラン監督『ダークナイト』(Warner Bros., 2008)。終盤でブルース・ウェインは、ルーシャス・フォックスが開発した携帯電話のソナー技術を都市規模へ拡張し、ゴッサム全域を可視化してジョーカーを捜索する。
トールキン『指輪物語』「二つの塔」第三部第10章「サルマンの声」、「王の帰還」第五部第9章「最後の討議」など。サルマンはオルサンクの石でサウロンと接触する。最終的にはサウロンに対抗して自ら指輪を得ようとするが、その行動はサウロンの力によって大きく制約されている。
トールキン『指輪物語』「王の帰還」第五部第7章「デネソールの火葬」。ガンダルフは、デネソールが石を使ってサウロンの軍勢を見ていたこと、サウロンが石に虚偽を見せることはできなくても、見せるものを選ぶことでデネソールを欺けたことを説明する。したがって、正確な情報によって生じる絶望について重要なのは、単純な偽情報ではなく、真実の選択的提示という点である。
この読みは筆者だけのものではない。Hannah Frances Roux「How Silicon Valley misreads The Lord of the Rings」(The Conversation、2026年6月10日、https://theconversation.com/how-silicon-valley-misreads-the-lord-of-the-rings-282862 )と、Alex Skopic「How the Right Abuses Tolkien」(Current Affairs、2025年6月2日、https://www.currentaffairs.org/news/how-the-right-abuses-tolkien )は、いずれもパランティーアが敵だけでなく、正当で善意の使い手をも狂わせることを指摘している。本稿が付け加えるのは、この読みを、パランティア社自身による「誤った者の手」という社名の説明と突き合わせ、さらに「成功した使い手を誰が止めるのか」という問いと突き合わせることである。
ガンダルフについては『旅の仲間』第一部第2章「過去の影」。フロドに指輪を差し出されても、善をなそうとする欲望を通じて指輪が自分に恐るべき力を及ぼすことを畏れ、受け取ることを拒む。ガラドリエルについては同第二部第7章「ガラドリエルの鏡」。フロドから指輪を差し出され、誘惑を受けながらも拒絶する。
『ダークナイト』(2008)。都市全体を覆うソナー監視装置を見たフォックスは、「これは間違っている」「一人の人間には大きすぎる力だ」と批判する。
『ダークナイト』(2008)。バットマンはシステムの操作をフォックスに委ね、ジョーカー発見後、フォックスが自分の名を入力すると装置が自己破壊するようにしている。映画は、システムの使用が成功することと、それを恒久的に保有することを切り離している。
マティアス・デプフナー「Peter Thiel: The AI Crisis, Europe’s Decline & the Battle for America」、『MD MEETS』、2026年9月24日。公式配信ページ:https://shows.acast.com/md-meets/episodes/peter-thiel-the-ai-crisis-europes-decline-the-battle-for-ame
同対談、約13分49秒以降。ティールはgoodの道徳的な反対語であるevilと、機能的な反対語であるbadを区別し、悪であることは少なくともある程度の有能さを意味すると論じる。表現の確認には、CEOInterviews.aiで公開されているトランスクリプトも参照した。https://ceointerviews.ai/interview/2926257/
同対談。ティールは、マーロウのファウストを、科学が機能せず地獄に落ちる偽の科学者・錬金術師として描き、道徳的に疑わしい手段で知識を得るものの、それが機能し、最後には救済されるゲーテのファウストと対比する。これはティール自身による両作品の解釈であり、本稿が両作品について独立に下した評価ではない。
トールキン『指輪物語』「王の帰還」第五部第2章「灰色の一行」。アラゴルンはオルサンクの石を意図的に使い、サウロンに自らを示し、石の支配を奪い返して、イシルドゥアの世継ぎの存在を敵に知らせる。これがサウロンの判断を早め、その後の戦略に影響する。
アラン・ムーア(作)、デイブ・ギボンズ(画)『ウォッチメン』(DC Comics, 1986–1987)。オジマンディアスことエイドリアン・ヴェイトは「世界で最も賢い男」を標榜する元ヒーローである。巨大企業を経営しながら、核戦争を回避するための秘密計画を実行する。
『ウォッチメン』第11章。ロールシャッハとナイトオウルが計画阻止の意志を示すと、ヴェイトは、まだ阻止できる段階で計画を明かす連続活劇の悪役ではないと説明する。「35分前に実行したのだ」。これは作品を特徴づける逆転の一つである。
『ウォッチメン』第12章。結局自分は正しかったのかと、ヴェイトがマンハッタンに確認を求めると、マンハッタンは何も終わりはしないと告げて去る。
ピーター・ティール、サム・ウルフ「Voyages to the End of the World」、『First Things』、2025年10月1日。ベーコン、スウィフト、ムーア、尾田栄一郎を、科学、終末論、反キリストの問題を通じて結びつける論考。https://firstthings.com/voyages-to-the-end-of-the-world/ 。掲載日と邦訳については、『文藝春秋』2026年2月号・3月号および文春オンラインの紹介も参照。https://bunshun.jp/articles/-/85263
ティール、ウルフ「Voyages to the End of the World」。二人は『ウォッチメン』のスーパーヒーローを、通常の法や制度の外側で行動する、強い主体性と行動力を持つ個人として扱い、彼らがもたらす政治的問題を論じている。
同論考。二人は「誰が監視者を監視するのか」を、それぞれの監視者にさらに別の監視者が必要となる無限後退の問題として扱い、『ウォッチメン』を文学として評価する一方、その哲学的・神学的解決を批判している。本稿は、究極の監視者がいないという問題と、相互検証や権力分立の必要性は別の問いだと論じる。
グラント・モリソン、Reddit「Ask Me Anything」、2025年10月17日。Bleeding Cool の報道による:https://bleedingcool.com/comics/grant-morrison-alan-moore-watchmen-peter-thiel/ 。モリソンはさらに踏み込み、「疎外された億万長者たち」こそ現代の真の反キリストだと述べている。本稿はそこまでは行かない。本稿の関心は判決ではなく、問いにある。
2025年9月15日から10月6日までサンフランシスコで開かれたティールの非公開講義シリーズについては、録音を入手した『The Guardian』と『The Washington Post』が報じている。これらは講義の公式な全文記録ではなく、本稿の引用は、録音された発言についての報道に基づく。『The Guardian』、2025年10月10日:https://www.theguardian.com/us-news/2025/oct/10/peter-thiel-lectures-antichrist 。『The Washington Post』、2025年10月10日:https://www.washingtonpost.com/technology/2025/10/10/peter-thiel-antichrist-lectures-leaked/
前掲の『The Guardian』および『The Washington Post』の記事。9月15日の講義でティールは、17~18世紀であれば反キリストは邪悪な科学を行うストレンジラブ博士のような人物だっただろうが、21世紀では科学を止めようとする人物になると語ったと報じられている。また、技術規制を、「平和と安全」を掲げる世界的統制と結びつけている。
ティール、ウルフ「Voyages to the End of the World」。二人は『ウォッチメン』を、統一世界か核戦争かというジレンマを通して読み、ヴェイトを反キリストの一類型と位置づける。
『ウォッチメン』第10章ほか。ヴェイトの香水「ノスタルジア」は作中を通じて広告され、過去への郷愁と冷戦末期の不安を結びつけている。
『ウォッチメン』第12章。惨事の後のニューヨークに、ヴェイトの新商品「ミレニアム」の広告が登場する。物語の現在は1985年であり、その名は近づく新たな千年紀、すなわち未来を指す。
『ONE PIECE』第907話で「虚の玉座」とイムが登場し、その後のエピソードで、五老星より上位にいる秘密の支配者という位置づけが明らかになる。ティールとウルフも「Voyages to the End of the World」で、世界政府を800年続く体制、イムをその秘密の君主として説明している。
同論考の結語近く。ティールとウルフは、海賊による終末的な無政府状態も、イムの硬直した世界政府も持続できないと論じ、尾田が狭い第三の選択肢を示さなければならないと主張する。
尾田栄一郎『ONE PIECE』。世界政府は長年ベガパンクの研究能力を利用し、パシフィスタやセラフィムを含む高度な兵器・生命工学技術を運用している。したがって、世界政府を科学技術一般を拒絶する体制とするのは正確ではない。作品の描写に近いのは、何を研究し、公表し、使用してよいかを政治的に統制する体制である。
『ONE PIECE』第1089話、第1113話以降。ルルシア王国を消滅させた兵器には、ベガパンクが開発した「マザーフレイム」がエネルギー源として使われたことが後に明らかになる。本文では、兵器そのものの正体について断定を避けている。
ティール、ウルフ「Voyages to the End of the World」。二人はムーアの構図を「オジマンディアスか、核戦争か」と読み、その背後に「統一世界か、世界の消滅か」という論理を見る。ただし、ここでは原作と二人の読解を区別する必要がある。『ウォッチメン』第12章で明確に描かれるのは、ニューヨークの惨事を受け、共通の脅威を前に米ソが接近し、核戦争の危険が遠のくところまでである。ヴェイトが正式な世界政府を樹立したことも、その樹立を最初から目指していたことも明示されていない。したがって、ヴェイトを「統一世界」の建設者と強く位置づけるのは、相当程度、ティールとウルフ自身の解釈上の枠組みである。
キリル・エスコフ(Кирилл Еськов)、『Последний кольценосец』(英訳題『The Last Ringbearer』)、1999年。『指輪物語』の戦争を敗者側の視点から再構成し、モルドールを科学技術の発達した文明として描く非公式の再話作品。
ティールが2011年のインタビューで『ラスト・リングベアラー』に言及し、モルドールを理性と科学に基づく技術文明として論じたことは、複数の二次資料に引用されている。ただし、本稿作成時点で、そのインタビューの安定して参照できる一次資料本文は確認できていない。そのため本文では「報じられている」とし、この発言を論証に不可欠な前提とはしていない。
パランティア・テクノロジーズの2025年度Form 10-Kおよび公式サイト。同社は米国政府を創業以来の主要顧客と位置づけ、防衛・情報機関を含む政府機関と民間部門にデータ統合・分析ソフトウェアを提供している。Form 10-K:https://www.sec.gov/Archives/edgar/data/1321655/000132165526000011/pltr-20251231.htm 。情報機関向けサービスの公式説明:https://www.palantir.com/offerings/intelligence/ 。軍事、安全保障、警察、移民分野での業務の性質は契約によって異なり、本文は個々の業務を企業全体の目的と同一視するものではない。
ロンズデール「Why we built Palantir」。同じ論考で、利用者を監査する仕組み、すなわち「監視者を監視すること」によってプライバシーを保護するよう、プラットフォームを設計したと説明している。2025年のPBS『Amanpour & Company』出演時にも、監査証跡によって上位にいる者が監視者を精査できると、同様に説明している。https://www.pbs.org/wnet/amanpour-and-company/video/palantir-co-founder-joe-lonsdale-on-trump-musk-and-a-new-vision-for-america/
Palantir Technologies, “Privacy & Civil Liberties Engineering.” 同社は、プライバシーと市民的自由を守るための専門チーム、アクセス制御、データガバナンス、独立専門家による諮問組織について説明している。https://www.palantir.com/pcl/ 。2025年度のForm 10-Kでも、監督と説明責任を支援する機能、きめ細かなアクセス制御、監査機能について説明している。https://www.sec.gov/Archives/edgar/data/1321655/000132165526000011/pltr-20251231.htm
ティールは長年、情報技術の「ビット」と物理世界の「アトム」の進歩の速度の違いを、規制の違いに結びつけている。たとえば2015年の『Conversations with Tyler』で、「ビットは規制されず、アトムは規制されていた」と述べ、医薬品のFDA承認などを例に挙げている。公開トランスクリプト:https://podscripts.co/podcasts/conversations-with-tyler/peter-thiel-on-stagnation-innovation-and-what-not-to-call-your-company-live-at-mason 。同じ議論は、フーヴァー研究所のインタビューにも見られる。https://www.hoover.org/plus/research/apocalypse-now-peter-thiel-ancient-prophecies-and-modern-tech
